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発注者に専門知識がなくても、良い発注は可能か:自治体デジタル施策で残すべき判断能力

  • 8月17日
  • 読了時間: 13分

自治体のデジタルプロモーションでは、担当者がSNS運用、広告、アクセス解析、Web制作等の専門家ではないまま、仕様書作成、事業者選定、進行管理、検収を担うことがあります。人事異動もあり、すべての領域に詳しい職員を恒常的に配置することは現実的ではありません。


その結果、次のような発注が生じます。

  • 前年度仕様書や他自治体の仕様書を流用する

  • 事業者が提案した手段を、そのまま事業目的として採用する

  • 投稿本数、動画本数、広告表示回数等、数えやすい作業だけを仕様にする

  • 実績、提案書の見栄え、プレゼンテーションの分かりやすさで選ぶ

  • 納品物がそろっていれば、内容の妥当性を判断できなくても検収する

では、発注者に専門知識がなければ、良い発注は不可能なのでしょうか。

結論から言えば、受託者と同水準の実行専門性は不要ですが、知識が全くないまま良い発注を行うことはできません。必要なのは、広告配信や制作を自ら行う知識ではなく、何を解決するのか、どの提案を比較するのか、何をもって受け入れるのか、いつ変更・停止するのかを判断できる「発注者能力」です。


その能力を一人の担当者がすべて持つ必要はありません。庁内の政策・契約・情報部門、観光協会・DMO、外部有識者、調達支援、第三者評価等へ分担できます。ただし、政策目的と最終判断まで受託者へ移すことはできません。


専門知識は三層に分けて考える

「専門知識がない」という表現では、何が不足しているか分かりません。発注に必要な知識は、少なくとも三層あります。

知識の層

内容

外部化の考え方

政策・地域の文脈知

政策目的、住民・来訪者の状況、過去経緯、庁内制約、受入能力

自治体側が保持する。外部は整理・分析を支援できる

発注・評価知

課題の切り分け、選択肢比較、評価基準、契約管理、検収、変更・停止

外部支援を利用できるが、発注者側の機能として配置する

実行専門知

広告運用、SNS制作、調査、分析、Web実装等

必要に応じて受託者へ委託する

最も危険なのは、二層目の「発注・評価知」が空白になることです。政策担当者は地域事情を知り、事業者は媒体運用を知っていても、両者の間で目的、手段、成果、役割、データを接続する者がいなければ、良い提案を選べず、実施後の良否も判定できません。


公共契約管理の知識・技能を整理した2025年の研究は、必要能力を技術的技能だけでなく、対人技能、戦略的技能、市場管理技能、契約の基礎知識に分けています。OECDの公共調達能力に関する資料も、公共調達を単なる手続ではなく、法務、市場調査、評価、契約管理、プロジェクト管理、交渉等を含む専門機能として扱っています。


したがって、「媒体に詳しくないから発注できない」ではなく、必要な発注機能のうち、何を庁内で保持し、何を別の専門家で補うかが正しい問いです。


なぜ「詳しい事業者へ任せる」だけでは成立しないのか

デジタルプロモーション、コンサルティング、分析等には、発注者が購入前だけでなく、実施後にも品質を完全には評価しにくい側面があります。専門家が課題を診断し、その専門家自身が解決策を販売するためです。


経済学では、このような性質を持つサービスを「信用財・信頼財」として研究しています。信用財研究のレビューでは、買い手が適切なサービス水準や実際に提供された品質を確認しにくいとき、過剰提供、不足提供、過大請求等の誘因が生じ得ると整理されています。


これは、事業者が不誠実だと決めつける議論ではありません。誠実な事業者でも、自社が得意な手段から問題を捉えやすくなります。SNS運用会社はSNS運用、広告会社は広告、制作会社は制作で解決可能な部分を強く提案するのが自然です。発注者側に比較機能がなければ、「最も適した解決策」ではなく「最も説得的に提案された自社サービス」が選ばれます。


特に避けるべきなのは、同じ事業者が次の四つを無検証で担う状態です。

  1. 問題を定義する

  2. 自社の解決策を選ぶ

  3. 実行する

  4. 自ら成果を評価する


一社にまとめること自体が不適切なのではありません。情報連携や実行速度には利点があります。しかし、代替案、評価基準、元データ、変更条件を発注者側で確認できなければ、効率化ではなく評価不能が生じます。


最初に、発注対象の不確実性を分類する

良い発注方式は一つではありません。課題と解法がどこまで確定しているかによって、仕様の細かさ、選定方法、契約の切り方を変えます。

状況

適した発注の考え方

避けるべき発注

課題も作業も既知

作業、数量、品質、期限を具体化して比較する

不要に抽象的な企画提案を求める

成果は明確だが解法が複数

目的、制約、評価基準を示し、方法と根拠を提案させる

発注者が未検証の手法を細部まで固定する

問題の所在が未確定

診断・調査を先に小さく発注し、その結果で実行業務を設計する

最初から年間運用や大型制作まで一括発注する

影響が大きく発注者能力も不足

独立した助言、調達支援、PMO、第三者レビューを配置する

実行事業者だけに仕様・選定・評価を依存する

例えば、「月4回の定例投稿を、既存方針に沿って制作する」なら、作業と品質を比較的細かく定義できます。一方、「地域の新規認知を高め、来訪候補へ入れてもらう」場合、SNS、広告、PR、検索、Web、商品・体験改善等の選択肢があります。この段階でInstagram運用を年間発注すると、問題を確認する前に解法を固定することになります。


BajariとTadelis(2001)の調達契約研究は、複雑な案件ほど、完全な設計を事前に作る費用と、契約後の変更・再交渉費用の間にトレードオフがあることを示しています。建設調達を基にした理論であり、自治体プロモーションへ契約類型を直接適用することはできませんが、「不確実な仕事を詳細仕様と固定条件で縛れば安全になる」とは限らないことを理解する助けになります。


反対に、「成果だけを示せばよい」とも限りません。来訪、移住、地域への愛着等は、天候、交通、価格、供給、競合、社会情勢等にも左右され、受託者だけでは制御できないためです。作業・成果物、受託者が動かせる中間成果、最終的な政策成果を分け、制御可能な範囲とリスクを対応させます。

不確実性が高いときは、曖昧なまま丸投げするのではなく、診断、試行、本格実施を段階に分けるべきです。


発注者側に最低限残す七つの判断機能

1.変えたい状態を決める

例えば「Instagramを運用する」ではなく、誰のどの状態をどう変え、その変化がどの政策成果へつながるのかを定めます。成果を一つに限定できない場合は、優先順位と両立条件を示します。


2.現状と制約の事実を提供する

過去実績、予算、素材、アカウント、Web、問い合わせ、予約、受入能力、承認期間、関係部門等を提示します。事業者の見積りと提案は、発注者が提供する前提情報の質に左右されます。


3.今回は何を発注しないかを決める

戦略、調査、企画、制作、投稿、広告、Web改修、分析、庁内調整、研修を「一式」で括らず、含む業務、含まない業務、発注者が行う業務、他事業者が行う業務を分けます。


4.提案を見る前に評価基準を決める

事業者名や魅力的な提案へ引きずられないよう、目的理解、方法の妥当性、代替案の検討、実施体制、リスク管理、測定、引継ぎ、価格前提等の配点と失格条件を先に定めます。

世界銀行のRated Criteriaは、価格以外の評価要素として、方法・作業計画、リスク管理、実績・能力、主要人材、革新性等を、案件のリスクと機会に応じて優先・加重する考え方を示しています。世界銀行融資案件の制度を自治体調達へ直接持ち込むものではありませんが、実績件数や価格だけでなく、案件固有の非価格要素を事前に設計する参考になります。


5.検収可能な証拠を定める

成果物名だけでなく、何を確認すれば受け入れられるかを定めます。投稿や報告書の納品だけでなく、元データ、設定画面、分析手順、判断理由、変更履歴、権限移管、再利用可能な素材等を含めます。


6.変更・停止を決める

どの仮説が否定されたら方法を変えるか、どのデータが不足したら追加調査へ戻るか、どの状態なら縮小・停止するかを事前に定めます。変更手順と契約上の可否は、会計・契約担当と確認します。


7.最終決定者を明確にする

受託者は提案できますが、政策目的、優先対象、許容リスク、予算配分、公平性、継続・停止を決定するのは発注者です。助言者、実行者、評価者、決裁者を区別します。


専門知識が不足する場合の補い方

発注者能力は、必ずしも常勤の一人へ集約する必要はありません。案件の規模と不確実性に応じて、次の方法を組み合わせます。


  • 庁内横断チーム:政策、広報、観光、情報、契約、データの知識を組み合わせる

  • 観光協会・DMOとの共同設計:市場・事業者・受入現場の知識を補う

  • 外部有識者のスポットレビュー:仕様書、評価基準、見積り、成果物を限定的に確認する

  • 診断・調達支援:問題整理、選択肢比較、要件、審査項目を実行発注より先に整える

  • PMO・統括支援:複数部門・複数事業者の工程、課題、変更、意思決定を管理する

  • 第三者評価:高額、複数年度、効果判定が難しい案件で実行と評価を分ける

デジタル庁「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン解説書」2026年版は政府情報システム向けであり、自治体プロモーションの直接の規則ではありません。しかし、専門知識を要する調達単位の検討で外部有識者等へ相談すること、事業者が提案を検討するために不可欠な背景・目的・期待効果・役割等を示すこと、発注側が要求と品質を理解して検収することを整理しています。


重要なのは、外部支援を受けても、発注者が判断構造を理解できることです。助言者がいなければ同じ判断を再現できず、次年度に説明も更新もできないなら、能力を補ったのではなく依存先を増やしただけです。


事業者選定では「正解」より、診断と学習の能力を見る

不確実な案件で、最初から正解を言い切る提案が優れているとは限りません。むしろ次を確認します。

  • 目的と手段をどう区別しているか

  • 現時点で分からないことを特定しているか

  • 採用案以外の選択肢と、不採用理由を説明できるか

  • どのデータで仮説を検証するか

  • 成果が出ない場合の代替説明を挙げられるか

  • 発注者側の情報提供、承認、連携を条件として明示しているか

  • 変更・停止を提案できるか

  • データ、アカウント、素材、判断記録を自治体へ残せるか

提案書が分かりやすいことは必要ですが、分かりやすさは妥当性の証明ではありません。評価者に専門知識がないほど、話し方、デザイン、知名度、成功事例の強さが、方法の妥当性に代わる代理指標になりやすいため注意が必要です。


仕様書作成から実施までの推奨手順

発注前:一枚の課題文書を作る

対象者、現状、変えたい状態、確認済みの事実、未確認事項、制約、今回は決めないことを一枚にします。媒体名や制作本数は、この段階では固定しません。


市場確認:実現可能性と選択肢を知る

公開情報、複数事業者の情報、類似案件、必要に応じた資料提供・意見聴取等から、選択肢、費用構造、必要データ、リスクを確認します。特定事業者だけへ情報が偏らないよう、実施方法は契約・会計担当と設計し、情報提供の公平性と記録を確保します。


発注設計:不確実性に応じて分ける

課題が未確定なら診断を先行し、少額の試行で検証可能なら本格実施の前にゲートを置きます。診断と実行を同一事業者へ依頼する場合も、実行へ自動移行せず、診断結果を基に別途採否を決めます。


審査:根拠と条件を質問する

成功事例の紹介だけでなく、「この手段を採用しない条件」「成果が出なかった場合の代替説明」「最初の30日で何を確認するか」「発注者が果たさなければならない条件」を質問します。実質的な無償提案を過度に求めると、小規模でも有力な事業者を排除するため、課題提出は案件規模に比例させます。


実施:報告会を意思決定会議に変える

定例会では活動数を報告するだけでなく、事実、解釈、未確定事項、次の選択肢、推奨、発注者が決める事項を分けます。指標には、基準未達時に誰が何を変えるかを割り当てます。


終了:成果物ではなく判断材料を引き継ぐ

アカウント権限、元データ、素材、設定、分析手順、検証した仮説、採否理由、未解決課題、次年度の変更案を引き継ぎます。翌年度の担当者が、同じ前提から再判断できる状態を完了条件に含めます。


発注を開始しない方がよい条件

次のいずれかに該当する場合、年間運用や大型施策の発注を急ぐべきではありません。

  • 誰の何を変える事業か説明できない

  • 媒体や施策が先に決まり、他の選択肢を比較していない

  • 発注者側の情報提供、承認、庁内連携を担う者がいない

  • 提案を評価し、成果物を拒否・修正要求できる者がいない

  • 実行事業者以外に、方法の妥当性を確認する手段がない

  • 元データ、アカウント、設定、素材が受託者側にしか残らない

  • 不確実性が高いのに、年間の数量と価格だけを固定しようとしている

  • 適合する提案がない場合でも、年度内執行のために必ず一社を選ぶ前提になっている

この場合は、課題整理、現状調査、独立レビュー、短期試行等へ発注単位を縮小します。「最も良い提案」が最低水準を満たすとは限らないため、全提案を不採用にして設計へ戻る条件も必要です。


発注品質を何で評価するか

良い発注だったかは、契約締結や納品完了だけでは判断できません。次を確認します。

段階

確認する指標・事実

公募・審査

応札可能な事業者の範囲、質問の集中箇所、提案前提のばらつき、評価者間の判断差

実施初期

要件の再解釈、追加情報、役割の空白、変更件数、意思決定の遅延

実施中

成果経路の途中指標、再作業、追加費用、発注者側作業、リスク・課題の解消

終了時

要求・品質の充足、政策成果への寄与、元データ・権限・知見の移管、次年度の再判断可能性

質問や変更が多いこと自体を失敗とは断定できません。新規性が高い案件では、学習による変更は合理的です。問題は、変更が想定されず、記録されず、費用・成果・責任へ反映されないことです。


英国政府のSourcing Playbookは、早期の市場対話、内製・外注を含む提供モデルの比較、品質データ、試行、適切なKPI、リスク配分、終了時の移行計画等を一体で扱っています。英国中央政府の制度を日本の自治体へ直接適用するものではありませんが、調達を入札手続だけでなく、開始前から終了後までの意思決定として見る点は参考になります。


まとめ

発注者に受託者と同じ専門知識がなくても、良い発注は可能です。しかし、発注者側に何の専門機能もなくてよい、という意味ではありません。

外部化しやすいのは、制作、配信、分析、実装等の実行専門性です。外部支援で補いながらも発注者側へ残すべきものは、次の判断です。

  1. 何を政策上の問題とするか

  2. どの選択肢を比較するか

  3. 何を発注範囲に含めるか

  4. 何を根拠に事業者を選ぶか

  5. 何をもって成果物を受け入れるか

  6. いつ変更・縮小・停止するか

  7. 誰が最終的に説明責任を負うか

専門知識が不足するなら、仕様書を曖昧にして事業者へ委ねるのではなく、診断と実行を分け、外部有識者や調達支援を発注者側へ配置し、検証可能な証拠と判断のゲートを増やします。


良い発注の条件は、発注者がすべてを知っていることではありません。何が分かっていないかを識別し、その不確実性を誰が、どの証拠で、いつ解消し、結果によって何を変えるかが設計されていることです。


主要参考文献・参考資料

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