『計画された試行錯誤』で偶然を必然に変える|成功のメカニズム解明と組織への資産化
- 株式会社Kerze
- 7月14日
- 読了時間: 11分
更新日:7月15日
あなたの組織には、「あの時の成功」を正確に再現できる人が、何人いるでしょうか。
かつて大きな成果を上げたキャンペーン、驚くほど顧客の心を掴んだキャッチコピー、なぜか爆発的に売れた商品──。ビジネスの歴史は、輝かしい成功譚で溢れています。しかし、その成功の裏側で、「なぜ、あの時うまくいったのか?」という問いに、明確な答えを持つ組織は驚くほど少ないのが現実です。
多くの成功は、「まぐれ当たり」として消費され、その熱狂が冷めると共に忘れ去られていきます。そして組織は再び、暗闇の中で次なる「当たり」を探し求める、終わりのない旅に出ていきます。
私たち株式会社Kerze(ケルツェ)は、マーケティングを単発のヒットを狙う博打とは考えていません。それは、偶然の成功を必然の成果へと昇華させるための、知的な探求のプロセスであるべきだと考えております。
本稿では、マーケティング活動において陥りがちな「一発屋で終わる罠」を乗り越え、成功を再現可能な「資産」として組織に蓄積していくための思考法について、私たちの考えを率直にお伝えします。
第1章:なぜ「完璧な計画」は現実世界で機能しないのか?
多くの組織において、「綿密な計画を立て、その通りに実行する」というアプローチが、優れた仕事の進め方として信じられています。しかし、私たちが対峙する現実世界、特に人の心を相手にするマーケティングや広報、事業開発の領域では、この予測型の戦略は、その前提からして脆さを抱える部分が存在しています。
計画は「未来の予言書」ではない:創発的戦略の重要性
顧客の感情、競合の動き、社会のトレンドといった無数のコントロール不可能な変数が渦巻く中で、未来を正確に予測することは誰にもできません。経営学の巨匠ヘンリー・ミンツバーグが明らかにしたように、優れた戦略は、会議室で練られた「意図された戦略」だけで完結するのではなく、実行の過程で現場の経験から学び、自然発生的に生まれる「創発的戦略(Emergent Strategy)」が極めて重要な役割を果たします。
したがって、計画の役割は未来を正確に予言することではなく、不確実な航海における「羅針盤」や「実験設計図」であると捉え直す必要があります。
それは、進むべき大まかな方角を示しつつも、目の前に現れる未知の機会や脅威に対応するための、柔軟な思考のフレームワークなのです。
「計画された試行錯誤」という思想:資源を学習に転換する
私たちが提唱するのは、闇雲な行動や当てずっぽうの試行錯誤ではありません。むしろ、「どのような仮説を」「どのような方法で検証し」「何を学ぶのか」という、試行錯誤のプロセスそのものを緻密に計画し、実行していくことです。
重要なのは、この知的探求のプロセスを、特定のプロジェクトや個人の意欲に依存した一過性のイベントで終わらせないことです。これを組織で継続的に実行される仕組み(システム)へと昇華させなければなりません。
では、具体的に「試行錯誤をシステム化する」とは、どういうことでしょうか。それは、定期的なリズムで以下のループを回し続ける、定常業務を設計することに他なりません。例えば、「2週間を1スプリント」と設定し、そのサイクルで常に小さな実験と学習を繰り返していくのです。
【Week 1前半】仮説設計と実験計画(Plan)
まず、チームで集まり、過去のデータや顧客からのフィードバックを元に、次に取り組むべき最も重要な「問い(仮説)」を立てます。「(Aというターゲット層)は、(Bという課題)を抱えているため、(Cという我々の解決策)を提示すれば、(Dという反応)を示すはずだ」といった形で仮説を明文化。
そして、それを検証するための最も小さく、最も速く実行できるアクション(例:特定の顧客セグメントに向けたメールマガジンのA/Bテスト、SNS広告のキャッチコピー2案の比較など)を計画します。この時、成功・失敗を判断する基準(目標KPI)も明確に定義します。
【Week 1後半〜Week 2前半】実行と計測(Do & Check)
計画したアクションを実行し、リアルタイムでデータを計測します。ここでは完璧な実行よりも、計画した期間内にやり切ることが重要です。計測ツールを整備し、誰でも客観的なデータにアクセスできる環境を整えておきます。
【Week 2後半】振り返りと学習(Action & Learn)
スプリントの最後に、必ず「振り返り(レビュー)」の時間を設けます。事前に設定した判断基準に基づき、実験の結果を客観的に評価します。
当初の仮説と実際の結果の差異は何か?
その差異から、我々は何を学んだのか?(新たな発見、顧客に関する洞察など)
この学びを元に、次のスプリントで検証すべき新たな仮説は何か?
この振り返りで得られた「学習事項」は、必ず共通のフォーマットで記録され、組織の知識データベースに蓄積されます。
この「仮説設計→計画→実行→計測→振り返り→学習」という一連のループを、毎週、隔週といった決まった間隔で、途切れることなく回し続ける。これこそが、組織に「学習するエンジン」を搭載することに他なりません。
それは、限られた予算や人員といった手元の資源を、単なるコストとして消費するのではなく、未来の成功確率を複利的に高めていくための「学習」へと、効率的かつ持続的に転換していくための、極めて戦略的な業務システムなのです。
真の「失敗」とは何か?:学びのない停滞
施策が期待通りの成果を生まないことは「失敗」ではありません。それは「この道は最適ではなかった」という、次の一手を考える上で不可欠なデータが得られたに過ぎません。
私たちが考える真の失敗とは、「何も行動しないことによる停滞」であり、「行動の結果から何も学ぼうとしない知的怠慢」です。すべての結果は、次なる成功の確率を高めるための貴重な学習機会なのです。
第2章:「偶然の成功」を必然に変える、2種類の「成功」
「成功」という言葉を、私たちは二つの異なる階層で捉えています。この二重構造を理解し、両者を接続することこそが、持続的な成長を実現する鍵となります。
① 成果創出の成功(散発的な成功)
これは、売上向上、問い合わせ件数の増加、SNSでのポジティブな反響といった、目に見える具体的な成果です。これらは多くの場合、完全な予測通りではなく、複数の要因が絡み合った結果として生まれます。この「偶然起きた成功」は、一過性の喜びに終わらせるにはあまりにも惜しい、分析すべき対象なのです。
② 知見蓄積の成功(構造的な成功)
これは、①の散発的な成功の裏にある「なぜ上手くいったのか?」というメカニズムを解明し、組織の中で再現可能な「勝ち筋」として体系化された状態を指します。これこそが、私たちが目指すべき真の成功であり、組織の競争優位性の源泉となる知的資産です。
この転換プロセスは、個々の担当者やチームが持つ「なぜかうまくいった」という経験や勘といった暗黙知を、議論や分析を通じて言語化し、誰もが理解・活用できる法則やパターン、すなわち形式知へと変換していく。この知的作業を怠る組織は、いつまでも個人の経験則に依存し続けることになります。
では、どうすれば①の偶然の成功を、②の構造的な成功へと転換できるのでしょうか?
成功確率を高めるための「事前設計」
多くの組織では、施策の「実行」そのものにリソースの大半が割かれ、その前段階である「設計」が軽視されがちです。成功の確率、そして何よりも失敗から得られる学びの質は、実行前の「事前設計」の質に大きく左右されます。
思考の解像度を上げる:仮説の言語化と構造化
「事前設計」の核心は、施策の背景にある思考プロセスを可能な限り言語化し、構造化しておくことです。「なんとなく良さそうだから」という曖昧な動機ではなく、
どの要素(変数)が: 「キャッチコピーのA案とB案」
どう作用すると考え(仮説): 「A案は緊急性を訴求し、B案はベネフィットを訴求している。我々のターゲットは緊急性に弱いはずなので、A案の方がクリック率が高まるだろう」
何を達成するのか(狙い): 「まずはクリック率を〇%向上させる」
このように、アクションと期待する結果の因果関係を、事前に言葉で定義しておくのです。この作業は、思考の解像度を強制的に高め、チーム内での認識のズレを防ぎます。
そして何より、施策がうまくいかなかった場合に「どこが間違っていたのか」を後から検証するための、決定的に重要な手がかりとなります。仮説がなければ、検証もありません。
闇雲な努力の回避:学びの最大化
「とにかく量をこなす」というアプローチは、この事前設計がなければ、単なる消耗戦に終わります。100の施策を打っても、その背景にある仮説が記録されていなければ、100のバラバラな結果が残るだけで、次に繋がる体系的な知見は得られません。
一方で、10の施策であっても、それぞれに明確な仮説があれば、たとえすべてが期待通りの成果に至らなくても、「10通りの『うまくいかないパターン』とその理由」という、極めて価値の高い資産が手に入ります。
事前設計とは、投入するリソースを単なる「実行コスト」から、未来の成功確率を高める「学習コスト」へと転換するための、最も重要なプロセスなのです。
「作り手の意図」と「受け手の解釈」の分離
施策の成果を分析する際に、もう一つ決定的に重要な視点があります。それは、「自分たちが伝えたかったこと(作り手の意図)」と「顧客や生活者が実際にどう受け取ったか(受け手の解釈)」を、明確に分けて捉えることです。
多くの分析は、「クリック率が上がった/下がった」といった結果の数字を見つめるだけで終わってしまいがちです。しかし、本当に豊かな学びは、その数字の裏にある「意図と解釈のギャップ」にこそ隠されています。
なぜギャップが生まれるのか?
私たちは、自社の製品やサービスについて知り尽くしているがゆえに、顧客も同じ前提知識を持っていると無意識に仮定してしまいます(知識の呪い)。また、組織内の論理や常識が、顧客の価値観と乖離していることも少なくありません。
例えば、
作り手の意図: 「我々の最新技術の凄さを伝えたい」
受け手の解釈(行動): 専門用語が多すぎて、自分に関係のある話だと思われず、読み飛ばされた。
ギャップからの学び: 顧客は技術のスペックではなく、「その技術が自分の生活をどう楽にしてくれるのか」という便益(ベネフィット)しか興味がないのかもしれない。
ギャップを可視化する方法の一例このギャップを明らかにするためには、定量データだけでなく、定性的なアプローチが不可欠です。
アンケートやユーザーインタビュー: なぜその広告をクリックしたのか、なぜその投稿に「いいね」を押したのか、直接尋ねる。
SNSのコメント分析: 投稿に対して寄せられたコメントを分析し、人々がどの部分に、どのように感情を動かされたのかを読み解く。
「自分たちはこう伝えたはずなのに、なぜか違う形で受け取られている」。このギャップを発見し、その理由を深く洞察すること。それこそが、独りよがりなマーケティングから脱却し、真に顧客の心に響くコミュニケーションを構築するための、最も確実な道筋なのです。
第3章:「まぐれ当たり」で終わらせないための、メカニズム解明プロセス
一度うまくいっても、その理由を深く分析せず、「ラッキーだった」で終わらせてしまう。これは、多くの組織が陥る現象です。過去の成功体験に固執し、その成功を支えた環境や前提の変化を見過ごすことで、組織は柔軟性を失い、やがて衰退に向かいます。
この罠を回避し、成功のメカニズムを解明するためには、科学的とも言える思考プロセスが組織に根付いている必要があります。
要因の因数分解と比較検討
成功のメカニズムを解き明かすための第一歩は、その成果をもたらしたと考えられる要素を、可能な限り細かく分解(因数分解)することです。そして、成功したケースと、そうでなかったケース(失敗ケースや平均的なケース)を並べて比較検討することが極めて重要になります。
例えば、ある広告クリエイティブが成功した場合、
クリエイティブ要素: ビジュアル、キャッチコピー、CTA(行動喚起)の文言
配信設定要素: ターゲット層、配信時間帯、プラットフォーム
外部環境要素: 季節性、競合の動向、社会的な話題
これらの要素を洗い出し、成功ケースと非成功ケースで「何が違ったのか」を一つひとつ突き合わせることで、成果に寄与した可能性の高い要因仮説を複数立てることができます。この地道な比較検討作業こそが、漠然とした「成功」から、具体的な「要因」をあぶり出すための、不可欠なプロセスなのです。
知見の「抽象化」と「学習の転移」による資産化
解明したメカニズムを、単なる「個別の成功事例の分析」として終わらせないことが決定的に重要です。その知見が、「どのレベルの法則性として整理できるのか」を組織として見極めることが再現性を高めるためには必須です。
具体レベル: 「この特定の商品だから、このキャッチコピーが響いた」
カテゴリレベル: 「このカテゴリの商品群では、機能性よりも情緒的な価値を訴求する方が有効だ」
原理原則レベル: 「我々のターゲット層は、意思決定において社会的証明を重視する傾向が強い」
具体的な事例から普遍的な原理原則を抽出する「抽象化」のプロセスこそが、得られた知見を全く別の新しい状況に応用する力、すなわち組織の応用力・適応力を育むのです。これこそが、知見が単なる記録ではなく、再現性のある「資産」となる瞬間です。
結論:「一喜一憂」から脱却し、学習し続ける組織へ
マーケティングや事業開発における一つひとつの成果は、壮大な実験の一部に過ぎません。重要なのは、個々の結果に一喜一憂することなく、その結果から何を学び、次にどう活かすかという、継続的な学びのサイクルを組織として回し続けることです。
この記事を通じて、皆様に最もお伝えしたいのは、「失敗」の定義を組織として変革していただきたい、ということです。期待通りの成果が出ないことが失敗なのではありません。何も行動しないこと、行動から学べないこと、そして過去の成功に固執し学ぶことをやめてしまうことこそが、組織にとっての真の失敗なのです。
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